外伝 一人の英雄のありふれたあってはならぬ一つの英雄譚───伝説の戦士、語られぬ数多の屍敷かれた戦場へ帰還す 第二話

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 長く苦しい戦いだった。

 超高難易度クエスト。イガウコのトップギルドである〈メテオラ〉であっても、全戦力であたらなければ遂行できなかっただろう。

「ステファノス」

 名を呼ばれ、そちらを見れば副長のルサヌがいた。体格同様、精神も豪気な女性で、ギルドマスターである私が身も心も振り回されるくらいだ。

「このまま解散かい?」

 彼女がこう聞くときは、『そんなんじゃ味気ないから帰りに一杯ひっかけていこう』という合図だ。

「しかし昼間からというのも。みんな疲れてるだろうし」

 こういうとき、否定的な意見を述べていくのは私なりの処世術だ。つまり、リーダーの私とサブリーダーの彼女の意見を対立させることで、ギルドメンバーがどちらでも選択しやすくする。いわゆる不満予防というか、圧制対策のようなものだ。

 私の本心としては、どちらでもいいのだ。

「みんなどうだい!」

 すると私たちの後ろを歩く群れは『うおおおおおお』と声を轟かせた。

「っしゃ今日は朝まで飲むぞ!」

『うおおおおおお』

 私はまだ昇ったばかりの陽を眺めた。

 また報酬が飲み代に消えそうだ。

 イガウコで飲むとなると、だいたい店は決まっている。[ファミリーバンチ]という老舗の飲み屋だ。広い安い早いという三拍子。味は……どこも一緒だから気にならない。

 店の前まで来ると、野次馬の姿が見えた。

「あ、〈メテオラ〉のみなさん」

 人だかりの向こう、店の中から一人がこちらにやってきた。すっかり顔なじみの店主である。

「何かありましたか」

 小太りの男性が店内を指さした。

「いえね、見知らぬ連中がさっきからうちの地下室でバカ騒ぎをしてですね。帯剣してるし、迷惑なのと不気味なのとで、ほかの客もこっちも距離取ってるみたいな状況なんですわ」

「ふむ」

 つまり、流れの集団が白昼堂々、われらの憩いの場を占拠していると。風来坊が酒場に寄るというのはありふれた話だが、地元客を締め出してまで騒ぐのは度が過ぎている。

「なんとかならんもんですかね」

「わかりました」

 私はうなずく。

「なんとかしてみましょう」

 軽く店の中を見ていると、普段は昼でも繁盛しているのに今はもぬけの殻だ。[ファミリーバンチ]は一階部分の広い店内のほか、小規模ながら地下室も飲食スペースとして存在する。問題の連中はそこで乱痴気騒ぎをしているらしい。

「さすがイガウコ・ナンバーワンギルド。これで一安心だ」

 私は店主に苦笑して店内へ踏み込む。一階隅にある階段から様子をうかがうと、彼らは地下のフロアすべてを占領しているようだった。

 用心のためにルサヌを含めた一五人の部下と共に地下室へ入る。

 ひどい有り様だった。

 散乱する食べ残し。割れた皿や転がる器。床の水たまりは酒だろうか。

「こりゃひどいねえ」

 ルサヌも顔をしかめる。

 当の集団は、中央のテーブルに陣取っていた。数は三人。

『しっかし大当たりだったな』

『まさかランダムテレポートでこんなところに出るとは』

『どうせもうベースには居場所なかったからな。合流したら終了時間までここで遊ぼうぜ』

 酒を雑に飲みながらゲラゲラと笑う連中。全員、十字を模したエンブレムが描かれた装飾品をつけているのが特徴的だ。

「さて」

 どう言い含めたものか、と思いながら進む私の前を「まあ待ちな」とルサヌのたくましくたのもしい腕が塞ぐ。

「あんたじゃ舐められるよ」

「そうかな」

「縁談だって来てるんだろ」

 荒っぽい指が私の頬を軽くなでる。

「せっかくべっぴんさんに生まれてきたんだ。むざむざ傷を作るもんでもないさね」

 嫁に欲しいという話が来ているのは事実だった。

 そして自分は、『将来的に』という条件付きで了承していた。

「え、マスター結婚するの?」とギルドメンバーの嘆きのような声が聞こえてくる。私だって冒険家以前に女だ。そんなこともあるさ。肌着の下で揺れる婚約指輪を感じ取る。指にはめていると傷つけそうだったので、ひもを通してネックレスにしていた。

「あたしに任せな」

 私たちにウィンクひとつ残して、ルサヌは床を踏み鳴らして向かっていった。

「大丈夫かしら」

「ルサヌの姐さんなら心配いらんでしょう」

「ウチで一番タフですからね」

 男勝りの性格に巨漢顔負けの図体。〈メテオラ〉の特攻隊長として戦う彼女の信頼は絶大だ。

 その大きな背中を追うように、私たちは進み続けたんだ。

 今回のクエストも、そしてこれからの依頼も。

 〈メテオラ〉は彼女とともに。

 ルサヌが一人の首根っこを引っ掴んで怒鳴りつける。

 連中の視線が一点――――無機質にさえ感じる冷たい目がルサヌをとらえた。

 ズレがあった。

 違和感と言ってもいい。

 言うまでもないが、騒いでいる一団は人間の姿であった。

 しかし、歴戦の感覚とでもいうべき嗅覚が、この者たちを人とは認めていなかった。

 そう、酒場の人間同士のいざこざなどよくあることだ。粗暴な人間が飲酒をして気が大きくなり、ささいなことからトラブルに発展するなんて日常茶飯事だ。殴って蹴って、コブやアオタン作って最後は馬鹿笑い。往々にして、そんな顛末だ。

 でも今回は違った。

 まるで食卓で害虫を見つけたような目で、彼らは一斉に剣を抜いた。

 そして躊躇なくルサヌを斬りつけた。

 あまりの非現実に、反応が遅れた私を動かしたのは、信頼する片腕の悲鳴だった。

「止めろ――――!」

 私は背後の部下たちに命じて走り出す。不意打ちを受けた格好になったルサヌは倒れ込む。それだけでもすでに事件であった。酔客に注意したくらいでここまでされるいわれはない。

 しかし、彼らはさらに、

『ゴリラが気安くさわんじゃねえよ!』

『ブスは消えろ!』

『死ね! 死ね! 死ね!』 

 罵詈雑言を浴びせ、何度も剣を彼女に突き立てた。鎧がひしゃげ、肉を割く音が室内にこだました。

 ギルドメンバーが連中に殺到する。剣同士の衝突音を伴って、双方は壁際までもつれこむ。その間に、私はルサヌを抱き起した。

「逃げろ……こいつら、普通じゃない……」

 うめき声をあげる彼女をそのままに、私は回復魔法をかける。傷は深いが、まだ間に合うはずだ。

「何か、違う。同じ人間とは思えない」

 それは私も同感だった。

「しゃべらないで」

 しかし、それを追究するのは後回しだ。今は彼女を手当てしつつ、事態の収拾を――――

「あー、だるかった」

 面倒そうな声と蹴りが同時に私へ飛んできた。

 倒れた私は予想外の痛みに驚き、左肩を意図せず押さえた。

「酒場って非戦闘エリアじゃないのな。安全地帯かと思ってた」

「イベント戦じゃね。ザコだったんだからいいじゃん」

「人が楽しく飲んでるところを邪魔するのは無粋だろ。空気読め」

 あの三人がこともなく話す。その向こうで、倒れたギルドメンバーの姿があった。

 ありえない。

 まっさきにそう思った。疲弊していたとはいえ、イガウコの誰もが認めるトップギルドのメンバーだ。その中でも彼らは戦闘要員として前線に立つ、いわば武闘派だ。それがこんな、わずかな間にあっさりと……

「まあそれはあれだよ。これから償ってもらうとして……体で」

 下卑た六つの目が私を見下ろす。

「なんだ、こっちは上玉じゃねえか」

「ああ、そういうイベントね」

 粘着質な視線、嫌悪感が背中を這う笑み。私はそれを見ないように顔を動かし、ルサヌに手を伸ばす。まだ完全に回復していない。早くしないと手遅れになる。

「順番どうする?」

 その手が、男の一人に無遠慮に踏まれた。私は思わず唇を噛んだ。

「じゃんけんでよくね」

「三人いっぺんでいいじゃん」

「俺そういう趣味ねえよ」

 三人は私を囲むように移動する。逃げないようにするためだろう。

 その一人に、大きな影が覆いかぶさった。

「こんないい女、野良犬どもにやるかよ」

 ルサヌだった。

 息荒く、足元に血だまりを作りながら、彼女は一直線に短剣を男の首に刺す。

「先に逝ってな」

 そのまま引き裂き、仕留めた男を放り捨てる。

 次の獲物にいこうとした彼女を、残った男二人が串刺しにした。

「はい、おしまい」

「今度こそ死んだろ」

 二人の下衆がルサヌに気を取られる――――彼女が命がけで作ってくれたチャンスだった。私は素早く立ち上がり、剣を抜く。勢いをそのままに醜い首を二つはねた。

 これで勝った。

 勝ったのだ。

 でも。

 みんな……

 私は店内に転がる死体をぼんやり眺めつつ、店の外へ歩き出す。外に待たせているメンバーに後始末を頼もう。せっかくの祝勝ムードから一転、こんな悲劇が起こると誰が予想できたか。

 一階へ上がった私を迎えた者はいなかった。客どころか店の人もいない。どこかへ避難したのだろうか。

「マスター」

 声にゆるりと首を回すと、戸口に見知った姿があった。ルサヌ同様、〈メテオラ〉結成時のメンバーだ。あのとき作ったギルドが街一番の地位にまで上り詰められたのも、彼の支えがあったればこそだろう。

「…………」

 私は言葉に詰まった。まず、なんと言えばいいだろう。ルサヌを含めた主戦力の死。最優先で周知すべきはそれか。それから今後のことを相談して……

「逃げ……」 

 私の言葉を待つこともできず、彼はその場で崩れるように倒れた。見ると、彼の背中は見るも無残にえぐられていた。治療のしようがない、誰がどう見ても致命傷だった。

 嫌な予感と冷たい汗が私を突き動かした。

「……ああ」

 慌てて外へ出た私を迎えたのは、辺り一面に散らばる仲間の骸だった。

「おいおいおい。あいつらNPCにやられたのかよ」

聖十字騎士団セイント・クロス・ナイツの面汚しだな」

「まあいいさ。精々楽しもうぜ」

 あの十字のエンブレムを携えた一団が、物言わぬギルドメンバーの懐を漁り、体に剣を突き入れ弄んでいた。

「さしあたって―――」 

 ざっと五〇は超える反吐が出そうな顔たちが、私を嘗め回すように見た。

「早い者勝ちだな、こりゃ」

 私は絶望や発狂を抑え込むように叫び、その獣たちへ斬り込んだ。

第三話

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