「〈メテオラ〉の皆さんは、俺たちを逃がすのに必死で……そのあとは……ぐっ」
嗚咽がまじり、言葉を紡ぐことさえ困難といった具合だ。
よく話してくれた、と職員が目撃者をねぎらい出ていく。
俺はそばに立つ男に目を向ける。
「現状は」
「〈メテオラ〉はほぼ壊滅。他のギルドが応援に急行。されど苦戦」
「了解した。引き続き偵察にあたってくれ」
「御意に」
影を切り取ったかのような見てくれの男は、そのまま溶けるように消えた。ヒガン。イガウコ冒険家の中で随一の隠密である。その専門性と信頼性の高さから、クエストよりスカウトが主の冒険家だ。
「事態は深刻と言わざるを得ない」
俺は支部長室に集まった面々を見渡す。デスクの向こうに並ぶ受付嬢を筆頭とした冒険家協同組合事務局の職員、各ギルドのリーダー格の表情は硬い。誰もが、この状況の危険度を肌で感じているようだった。
「住民からの依頼を待つまでもない。支部から冒険家へ直接……いや」
それでもまだ遅い。一手遅れる。
「支部長権限による緊急要請。現在進行しているすべての案件を凍結。全冒険家と事務局員すべてに対処させる」
「すべて、ということは遠征中のギルドも」
いち早く応じたのは、古株の受付嬢だ。眼鏡をかけた理知的な佇まいは、決して見掛け倒しではない。
「そうだ。担当者は転移あるいは交信で迅速に当該ギルドをイガウコへ招集し事態に対応させるように」
イガウコ支部に在籍するすべての冒険家を結集させた総力戦による防衛。ナンバーワンギルドの〈メテオラ〉がやられた以上、戦力の小出しは各個撃破されてしまいだ。
ここでジレンマが発生する。
イガウコ内や周辺地域で活動している冒険家は、相対的に見れば戦力としては低い。一方で、高難易度の案件を受注している遠征組は戦力は高いが、ここに戻ってくるまでにどうしても時間がかかる。〈メテオラ〉のように消耗している場合だってある。その程度は予測できないが、楽観視できる要素ではないことはたしか。
「〈ハゲレ〉を除いた残りの上位一〇ギルドはすべてイガウコから遠く離れた任地で現在活動していますが……」
「全員そのまま市街地の防衛につかせてくれ。文句のあるギルドはギルドマスターだけ私のところへ連れてくるように」
「了解しました」と数人の受付嬢が出ていく。上位ギルドのメンバーを担当している面々だ。
「いわゆる下位ギルドも戦線に参加させますか」
古株の受付嬢の問いに俺は、
「住民の避難誘導および救護を」
「それはもちろん。私が懸念していることは、上位から中位の方々が力及ばず、といった場合です」
それは最悪のケースだ。下位ギルドが前線に立たなきゃならない状況……それは実質、イガウコに存在する戦力が全滅したことと同義だ。
「無論、最後の一人まで戦ってもらう」
眼鏡の奥の瞳は何を思うのか。
彼女はわずかに目を伏せたが、すぐにうなずき背を向けた。
「わかりました。そのように伝達します」
「事は一刻を争う。総員、早急かつ適切に行動してほしい」
その指示に全員が応じ、己の持ち場へ散っていく。本件の重大さを軽視している者は一人もいなかった。
〈メテオラ〉が為す術もなく壊滅したように、このままイガウコのギルドが総崩れとなった場合――――
この街は、おそらく滅ぶ。
誰も口にしていなくても、誰の頭でも明らかであったろう。
「歯がゆいですな」
遅れて入ってきた男がつぶやく。
「『俺が出る』――そう言うことができれば、どんなに楽か」
すっかり備品係が板についたこの男、かつては――今でも――俺の付き人だ。
「ヴァートゥン。ギルドストレージも慌ただしくなるぞ」
「構いません。かつての動乱同様、しっかり務めは果たします」
「ならいいが」
俺は手を組み、視線をわずかにそらす。
しかし……
妙だ。
現時点での対処はすべて終えた。そこで思うは、原因の解明だ。
聖十字騎士団なる謎の一団。
いったいどこから、何の目的で。
◆◆◆
「クソが、冗談じゃねえぞ」
〈ハゲレ〉ギルドマスターは後ずさる。いきなり頼まれて出張ったらこれである。わけのわからん連中と戦わされる――――そんなことは冒険家稼業では日常茶飯事だが、こいつらは普段のそれとは違う。街中にこんな大量に出現するなんて盗賊でも蛮族でもない。
いったいなんだこいつらは。
「こんなもん、いくらもらっても割に合わねえや。ずらかるぞ!」
ギルドメンバーにそれだけ言って、ギルドマスターはその場から逃げ出す。そのあとを追う形で、〈ハゲレ〉は撤退していった。
残された店の主は、店先にいる聖十字騎士団を前にして顔を青くした。彼らは突然やってきて店のものを奪おうとしたのだ。そこで代金を請求したら殺されかけ、すんでのところを第三位ギルド〈イビサ〉に助けられたが、それも今では道端に転がる屍。おっつけやってきた〈ハゲレ〉も尻尾を巻いて逃げた。
もうこれまでか。
「店のもんは全部持っていてくれて構いません。だから」
すぐそばを鉄剣が通り過ぎる。店主が腰を抜かしていなければ、そのまま体は両断されていただろう。
「今更になって命乞いか? そりゃ道理が通らねえよ」
握っている剣の腹をパンパンと叩いて一人は笑う。
「黙ってりゃ見逃してやろうと思った。だがよ、お前、俺らが持っていってやってるとき、なんつった? 『返せ』だの『ドロボー』だの。俺らは善意で不用品回収してやってんのに。何様のつもりだ。あ?」
なんて言い草だ。
店主は胸中で吐き捨てる。商品を勝手に懐に入れて、文句を言えばこの態度。悪漢に注意をしたら、逆上されて口論になる。客商売の経験上、そこまでは想定内だった。しかしこいつらは、まるで当然のように剣を抜いた。駆けつけた〈イビサ〉の冒険家がいなければ、自分はとっくに死んでいただろう。
イカれている。
そうとしか思えなかった。
荒っぽいだとか、そういう次元ではない。ただ単純に、思考の原点――倫理や道徳のレベルで常軌を逸しているのだ。
「天誅を下す」
ニヤニヤと、下劣そのものの笑みを浮かべ、騎士団の一人は剣を振り上げる。
まったくの躊躇なく、その刃は振るわれた。
ドロドロと流れる血は嫌でも目に入る。
「なんで」
店主は意図せず仰ぎ、口を開く。
「あんただってハンザの一員だろうが。だったら頭の俺が体張って守らないでどうするよ」
店主に覆いかぶさる格好のリュベークは額から脂汗を流す。年老いてはいるものの、岩のような角張った体に、五分刈りの男である。その背には一線走り、そこから血が溢れ地を染めていた。
「なんだこいつ」
「いいよ一緒にやっちまおうよ」
リュベークの向こうでそんな会話が聞こえる。
シュッ。
その一人の首を白刃が貫いた。
「あ…………?」
己の身に何が起こったかわからない風な声を出し、そのまま倒れて動かなくなる。遅れて、赤い水たまりが広がった。
「おい」
そばにいた一人が駆け寄る。その脇腹にチンピラ風の男がドンッとぶつかった。
「往生せいやぁっっっっ」
その男は鎧の隙間を通した刃物にひねりを加え、めちゃくちゃに引き上げる。刺された騎士団員は、血の泡を吹いてその場に転がった。
「ったくよ」
呆れた声。店主とリュベークがそちらを向けば、通りを歩く一団があった。
ざっ。
ざっ。
砂を蹴り散らし、風変わりな民族衣装を着た男たち。
「てめえで体張ってたんじゃ、ケツ持ちの立つ瀬がねえじゃねえか」
先頭に立つ初老の男は、死体の首に刺さっていた鍔のない変わった剣を引き抜く。
「親父」
側近が初老の男の耳に唇を寄せる。
「おうよ。団体さんのお出ましだ」
団員二人の死を察したらしい。騎士団の面々が続々と集まってくる。
「久々の切った張ったの大喧嘩だ。野郎ども、やっこさんらをあの世へ送って差し上げな」
『へいっっっ』
地鳴りのような威勢とともに、初老の男の後ろにいた男たちが刃物片手に走り出す。
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