外伝 一人の英雄のありふれたあってはならぬ一つの英雄譚───伝説の戦士、語られぬ数多の屍敷かれた戦場へ帰還す 第八話
聖十字騎士団と冒険家の亡骸が散乱する戦場に、俺は場違いな懐かしさを覚えた。
いつもこうだった。
結局、敵も味方も死んで、最後に立っていたのは俺だけ。
数多の戦場が、戦闘の結果がそうであった。
例外なんて、あの意地っ張りの真面目馬鹿くらいのものか。
それも今となっては……
「待たせたな」
鎧を白に戻し、思い出にふけっていたら近くの武器屋から誰か出てきた。
「真打登場ってのは最後の最後ってもんだぜ」
みすぼらしい男だった。
ろくな防具もなく、ただ小細工しただけの奇抜な剣を俺に向けている。
「さあ、ラストバトルといこうぜ」
「…………」
無視して帰ろうかと思ったが、こんなのでも放っておくと後が面倒そうだ。
「アーサーキング! 至高聖剣スプリームエクスカリバーMk‐II!」
「……アルティ・マークス・ルーグ」
名乗りつつ、片手でグレートソードを掴む。
金髪碧眼の若い男が、大上段に構えてそのまま突っ走ってきた。泣けるほどに無防備で、冗談みたいに隙だらけだ。
「希望の未来を――――斬り開いちゃうぜぇ!」
「斬り開かれるのはてめえだクソガキ」
害虫でも叩き潰すような感覚で、
「え?」
そいつを剣ごと真っ二つにした。
やはりいい剣だな。
ぐるん、とグレートソードを大きく回して、こびりついた色々を払う。今までこれといった剣を持たなかったが、これは気に入った。
もっとも、二度と使う機会もないだろうが。
ん?
俺はそいつの腕に奇妙なものがはめられているのに気づいた。これは腕輪か? それにしては見たこともない形状だ。それにこの素材……
中央で動いているのは数字で、どうやら時間を表示しているようだが……
「ルーグ様!」
転移魔法でグレートソードを支部長室に送っていると、小太りの男が駆け寄ってきた。[ファミリーバンチ]の店主だ。
「お願いがございます!」
平伏し懇願する店主。
その内容は、俺を動かすに充分だった。
人の手を離れた、廃屋というものはどこにだってある。そういうところはだいたい犯罪の温床になりやすいが、かといって管理するのも手間なので、だいたい放置されている。
そのひとつに、目的のもの――――人物はあった。
最初期に戦った冒険家の安否は絶望的だったが、それでも生き残りはいた。
どんな形であっても、彼女は生きていたのだ。
ぴちゃり。
嫌悪感のある液体を踏みしめて、俺はその一室に入った。
吐き気のする臭いは嗅覚から遮断すべきか判断に困ったが、結局そのままにした。それはなんというか、彼女に対しての不義理のように思えた。
彼女は――――俺の――――皆の記憶通りであるならば、綺麗な女性であった。
しかし、その面影すら、今の彼女にはなかった。
ただ生きているだけの、肉の塊。
冷たく言ってしまえば、そんなものだろう。
「助けに来た」
まだ聴覚はあったらしく、俺の声に彼女は残った目を向けた。
「奴らは」
「全員殺した」
「よかった……」
心底安堵したらしく、彼女は細く長い息を吐いた。その口にはまともな歯が見当たらなかった。
「この街は助かったのね」
「多くの冒険家が、命がけで戦った。それがなければ……感謝する」
「〈メテオラ〉は、私の仲間は」
「…………」
「……そう」
すべてを察したらしい彼女は、腫れ上がった頬で諦めたように笑った。
「感謝ついでに、お願いがあるの」
俺は黙って潰れた鼻を見ていた。
「私の剣と、指輪を見つけてほしい。それを彼に……婚約者に渡してほしい。どっちも刻印がしてあるから、見つけられると思う」
「わかった」
「それから……」
彼女は自身の不自然に折れ曲がった腕や指を見る。
「私を、消してほしい。跡形もなく、この世から消し去って」
「…………」
「せめて彼の思い出の中だけでも、私は綺麗なままでいたい」
そばにある切り落とされた足は、逃走防止目的だろう。
「お願い」
「わかった」
俺は両腕を構え、力をこめる。
「その依頼、確かに引き受けた」
「悪いわね。報酬も出せないのに」
「そうでもないさ」
彼女を中心に魔法陣を展開。
「もう充分すぎるくらい、もらっている」
手の施しようのない負傷兵の介錯。
それもまた、戦場の常で、
慣れるほどにこなしてきたことだ。
それは、最後まで生き残った者の勤めと言えよう。