外伝 一人の英雄のありふれたあってはならぬ一つの英雄譚───伝説の戦士、語られぬ数多の屍敷かれた戦場へ帰還す 第九話

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「ヴァリッド・スタイルの調子はどうでしたか。どこか不具合は」

「なんとも。相も変わらずいい仕事だよ」

 ヘルムを外したアルティ・マークス・ルーグはさらりと言ってのけた。仮に鎧が万全であったとしても、かなりのブランクだ。全盛期ほど体がついていかないだろう。

「恐れ入ります」

「ただ、明日は筋肉痛かもな」

「翌日ならまだまだ若い証拠ですよ」

「へっ」

 苦笑いをして、彼は人差し指で自身の肩を叩いた。それだけで、ヴァリッド・スタイルは今まで保管されていた場所に戻った。無詠唱の転移魔法。簡単にこなしているが、言うまでもなく超人技だ。

「総教皇猊下は」

「もう帰った」

「お忙しい方ですからね。手助けしてくれただけ奇跡というか、よっぽどの慈悲ですよ」

「情けは人の為ならず、って言うらしい」

「ほう。その心は」

「人助けしていれば困ったとき助けてもらえるってことさ」

「なるほど」

 事実、彼なくして現在の総教皇の地位や名声はありえないだろう。それくらい、この英雄はトモノヒ教に貢献している。

 たぐいまれなる才能ゆえに、教団が必要とし、祭り上げられ作り上げられた英雄。

 それが彼。

 本当は平穏な日々をなによりも望み、回り道をしてようやく街ごと平和を手にした。

「すると、聖十字騎士団の死体はすべて消滅した、ということですか」

「ああ。俺でも追いきれなかった。確実に、イガウコから消えた」

 かのアルティ・マークス・ルーグにそう言われると、もうそういうことなのだろう。変異や再生ではなく、確実にこの場から消滅したのだ。

「総教皇とも相談したんだが、あらかじめ別の場所に召喚されるように時限式か条件式の術式が仕込まれていた可能性がある」

「死ぬか、あるいは時間経過で別の場所に移るようになっていた、と?」

「そういうことだな」

「すると聖十字騎士団という組織はまだ生きていて、場合によってはこちらへの報復を」

「ないと思いたいがな。あれだけ徹底的にやったんだ。二度と来てほしくない」

「それはそうですが」

 強さとは、いくらでも種類や程度があるが、最強とはおそらく、戦う前に決着をつける力の

ことであろう。

 争う気さえつぶすような、圧倒的な力。

 威圧、抑止……

 そういった力。

「ともかく、これにてこの事件も一件落着でしょうか」

「まだ終わっていないだろ」

「そうですね……」

 機密区画を出た我々は、そのまま一室へ向かった。

 たしかに戦闘は終わったのだ。

 戦士であるならば、本件はこれにて終了。

 しかし、彼はもう一戦士ではない。戦闘単位、戦う駒。そういったくくりではないのだ。

 冒険家協同組合イガウコ支部長。

 それが今の彼の表向きの立場であり、彼が彼らしく生きるための術。

「お待たせして申し訳ありません」

 その部屋に入った彼はまず一礼する。

 そこは応接室のひとつで、来賓や重役を相手にするための豪奢な部屋だ。

 その中心部、これまた金のかかったソファーに一人の男性が腰かけていた。

 支部長を前にした若い男も立ち上がる。

「こちらこそ、突然の訪問をお許しください」

 身なり立ち居振る舞いから、その男性の出自がかなり上等であることは、誰の目にも明らかであった。

「こちらが襲撃されたと聞き、居ても立ってもいられず」

 とある地方の富豪か有力者の嫡子。

 そう聞いている。

 そんな身分の人間が大急ぎでやってきた理由。

 それは。

「それでスティ……〈メテオラ〉のギルドマスターは今どちらに。実は彼女と私は婚約していまして」

 いつになっても、この瞬間は慣れない。

 それは彼も同じだと思うが、かの英雄の表情は不変だ。

「渡してください」

 眉のひとつも動かさず、彼は僕に命じた。部屋の一角、僕はすでに運び込んであった箱を開き、中身をテーブルに並べた。

 一振りの剣と、指輪。

 どちらも手入れが行き届いていたものを、僕がさらに洗浄と補修を施してある。

「お受け取りください」

 淡々と、彼は言った。

「あの……」

 持ち主の姿はなく、ただ婚約者の持ち物を示された男は困ったように僕たちを見た。

「遺品です」

 その言葉を――――婚約者の安否を理解した男性は、あっけにとられたように硬直し、やがて膝をついた。

「あなたに持っていてほしい。それが、彼女の遺した願いです」

 やがて室内を満たす嗚咽に、僕は場違いな懐かしさを感じた。

 いつもそうだ。

 英雄の華々しい活躍の裏で、多くの涙が流れている。

 人々は数多の悲劇を覆い隠すことを望む。

 誰かの武勇伝で悲しみを塗りつぶし、見て見ぬふりを決め込む。

 それを誰が責められようか。

 生きている人間は、今日を生きねばならない。明日を迎えなければならない。

 そのために必要なものは、決して悲観や失望ではないはずだ。

 光が、希望が、必要なのだ。

 たとえそれが、欺瞞でしかないまやかしであっても。

 

「それでは、休眠ギルドのギルドストレージは引き続きそのまま、ということで」

「手をつけるわけにもいかないからな」

 支部長はこめかみのあたりを困ったように掻く。

 あれから数ヶ月、あの一件に尽力したギルドのほとんどは、その構成員が全滅したまま存在だけが宙に浮いた格好となっていた。事務局は依頼の報酬をギルドストレージに振り込んだものの、それを受け取る者はない。罪滅ぼしか、それとも供養のつもりか、依頼内容の特殊性もあってその報酬額は破格であったが、これでは……

「それじゃ、少し出てくる」

「支部長会ですか」

「ああ。冒険家の数が激減したからな。各支部のエリアでイガウコ冒険家の新規募集の要請、同時に他支部の現役冒険家の融通……その打診」

「形ばかりの慰めと見え見えの嫌味をもらいに行くだけでしょうが」

「期待なんてしてねえよ」

 本部は言うまでもなく、他支部と比較して、イガウコ支部は冒険家協同組合事務局の格付けとしては傍流も傍流だ。恩を売ったとしても派閥闘争や利権争いには何の旨味もない。冷遇されるのは目に見えている。

「ただ、現状の報告と共有はしていた、という前提がほしいだけだ」

 各支部の連中も彼が総教皇猊下の秘蔵っ子と知れば手の平を返すだろうが、彼も猊下もそういうことは望んでいない。彼らの縁は、本来イガウコ譲渡を条件に切れているのだから。それに総教皇の威光に頼れば、必ずどこかで妬みや恨みを集める。そうなれば、この英雄が望んだ平穏などたやすく崩れるだろう。なので、こういう面倒ごとは必要経費というわけだ。

「ここで誰かがさくっと冒険家を大量獲得してくれると助かるんですがね」

「この前うちの新人が最優秀新人賞を取ったのが遠い昔に感じるよ」

 イガウコに配属されたばかりの新人受付嬢が冒険家登録最多数を更新して表彰されたばかりなのにこれである。本当に気が滅入る。僻地極まれりのイガウコに似つかわしくない栄光だとは思っていたが、これは揺り戻しというやつだろうか。

「期待しないで待っていてくれ」

 憂鬱そうに遠ざかる背中を見送る。だいぶ中間管理職の悲哀が出てきたな。

 僕も仕事に戻るとする。アルティ・マークス・ルーグと共に戦場を駆け抜けた頃とは違って、僕もここではしがない労働者の一人だ。

 古今東西に存在する、ありとあらゆる英雄譚。

その輝かしさの根には、多くの屍が敷かれている。

倒した命と、救えなかった命。

多くの死者の上に、一握りの英雄は立つ。

その残酷な現実に目をそらすように、人々はその栄光を讃える。まるで闇を光で塗りつぶすがごとく。

英雄など、本来は存在してはならないのだ。

英雄が必要とされる場面など、戦場にしかないのだから。

英雄が安息するためには、戦場とは無縁な場所でひっそりと生きていくしかない。

そのためのイガウコ。

そのためにつかみ取った居場所。

「え? 就業規則?」

 …………のはずだったのだが。

 どうやら、またひと騒動ありそうだ。

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